お客様の前で泣いた経験、あなたはありますか?号泣する私に「早く弾け」とピアノを強要する親
~反面教師にすることで自分の生き方を守る~
突然ですが、皆さんはお客様の前で大号泣したことはありますか。
私は何度もある。
泣きながらピアノの前に座らされている。
本当は来客なんか大嫌いだ。
もてなしたくない。
なのに無理やりピアノの前に座らされる。
来客は明らかに居心地が悪そうにコーヒーカップを握りしめ、父親は呆れた笑顔で「困ったやつだな」と苦笑いしながら言った。
そんな異常な光景を、私は子供の頃に何度も繰り返している。
両親は、とにかく「外ヅラ」が良かった。
事前の連絡など一切なしに突然来客が訪れても、
これから出かける直前でも、旅行の準備で靴を履いた後でも、早朝でも深夜でも、
「どうぞどうぞ、上がってください」と招き入れる。
家族の予定も、楽しみにしている子供の気持ちも、二の次三の次だ。
すべてにおいて他人優先。
それが、我が家の『普通』だった。
︎
私は来客が大嫌いだ
理由はシンプルだ。
突然ピンポンが鳴り、両親が即座に「珈琲を出してあげなさい」「おつまみを作ってあげなさい」と指示を飛ばす。
そして決まって、こう言うのだ。
「ピアノを弾いてあげなさい」
この言葉が、私は死ぬほど嫌いだった。
なぜ今、弾かなければならないのか。
なぜ、突然来た見知らぬ人のために弾かなければならないのか。
両親は私を通じて、何を満足させたいのだろう。
自分たちの教育の成果を自慢したいのか。
それとも私を「良い子」として見せびらかしたいのだろうか。
︎
「〇〇してあげなさい」
心の底から、この言葉が嫌いだった。
拒否しようものなら、 「さっさと弾きなさい」 「素直にやらないと、後でどうなるかわかってるな」 と父親の低い声で脅される。
︎ ︎
「後でどうなるか」の意味
後でどうなるのか。
それは、親の怒りがおさまるまで殴られることだった。
「恥をかかせやがって」と吐き捨てられながら、 身体を殴られる。
顔はバレるから避ける。
ただただ恐怖と悔しさで、胸が張り裂けそうになる。
ピアノの椅子に座る。
手が激しく震えて、鍵盤にすら触れられない。
涙が溢れて楽譜も鍵盤もぼやけていく。
それでも泣きながら必死に鍵盤を押そうとする。
号泣が止まらない。
両親はそんな私を見て、
なおも 「早く弾きなさい」と急かす。
来客は気まずそうに目を逸らし、
私はただ惨めで、屈辱的で、悲しかった。
この光景は、突然の来客があるたびに繰り返された。
︎ ︎
反面教師
私は両親を、徹底的に反面教師にした。
• 外ヅラのために家族を傷つけるような真似は絶対にしない
• 子どもが「嫌だ」と言ったら、その気持ちを最優先にする
• 家族より他人を優先する大人には絶対にならない
教師でありながら常識を欠いていた両親。
今は二人とも教職を退いているが、
あの頃両親に習っていた生徒たちのことを思うと、今でも胸が痛む。
私はあんなふうに誰かを傷つけたくない。
自分の家族や大切な人を、絶対に守りたい。
だから私は今も、
あの頃の号泣した自分を忘れないようにしている。
反面教師にすることで、自分の生き方を守っている。
︎
自己開示できる喜び
自己開示の本当の意味を、遅ればせながらやっと理解できた。
それは「暴露」ではなく、
過去の自分と静かに向き合う、
とても大切な時間なのだと気づいた。
長年、誰にも話せずに心の奥深くにしまい込み、固く蓋をしてきた想い。
母親に「お父さんに迷惑をかけることだけはするな」と毎日言い聞かされていたせいで、
「辛い現実は、自分さえ耐えていればいつか丸く収まる」
そう信じて過ごしてきた日々が、実は自分を苦しめ続けていたことに、ようやく気づけた。
辛かった出来事や悔しかった毎日と、ちゃんと向き合うことで、少しずつトラウマの重さから解放されていく。
もしあなたも、
「思い出したくない」と思うような過去を抱えているなら、 どうか無理に急がず、ゆっくりでいい。
一緒に、その想いと向き合っていきませんか。






ひとみんさんの気持ちを少しでも受け止めれたらと思いコメントしました。
過去の辛い出来事を自己開示するのは非常に勇気がいることだったと思います。
私は気のきいた事は言えませんが、これからのひとみんさんの幸せを応援したいと思いました。
気持ちに響く記事でした。
これはまた、辛い体験に向き合ったね。
正直に言うと、ご両親から、ひとみんへの愛情が全く見えてこない。
メンツを保つための道具とでも思ってたのだろうか。と、怒りの感情が出ています。
同時に、そんなご両親を反面教師にして、今を過ごしてる、ひとみんには大きな拍手をおくりたい。